からすとの心のふれあい。

ある土曜日のこと。 

月に一度の出勤日。 
静かなちいさな図書館に 
平静な気持ちで座っていたら。 

「か、からすが。。。いるんです〜〜(涙)」 

いつも冷静、そしてお家へ帰れば優しいママ 
そんな土曜担当の職員が 
らしからぬ騒ぎっぷりで事務所に戻ってきた。 
聞けば、怪我をしているらしいからすが階段の踊り場にいる。 
図書館へたどり着くべく階段を上がっている途中 
ばさっ という音とともに大きなからすが落ちてきたというのだ。 

「かわいそうに!助けに行って来る!」 

からすは怖いというイメージがあるが、そんなことない。 
踊り場にうずくまっていたからすは、そこそこ大きいけれど 
びっくりするほどくりくりした目の可愛い子だった。 

踊り場には窓があって、そこにはこう書いてある。 

『小鳥が飛び込んでくる為、窓を全開にしないでください。』 

誰かが開けたまま忘れてしまった窓から入ったものの 
出られなくなってしまったのだろう。 
きっと怖い思いをたくさんしたに違いない。 

「だいじょうぶ?怪我をしてるの?飛べる?」 

私はできるだけ優しい声で聞いた。 

本気でからすに話しかけたのは、 
安心させてやる必要があると思ったからだ。 
危害を加える相手かどうかは、きっと 
声を聞けばわかる。 
言葉が通じると思ったからではない。 
(通じたらいいなとは思ったけれど。) 

そうしている間にも、たくさんの学生が通っては 
「うおっ!」とか 
「か、か、からす、、ですね?」とか 
言いながら、完全に怯えて通り過ぎる。 
わからないでもない。異様だもの、この光景。 

人通りが少ない時に、また話しかけた。 

「この窓からなら、外に出られると思うよ。 
開けてみるね?」 

ためしに窓を開ける。 
からすは目をくりくりさせながら、じっと私を見ている。 
羽根が少し傷ついている。飛べるのだろうか。。 
さすがに飛べないからすを掴んで外に出す勇気はない。 

「助けを呼んでくるからね。だいじょうぶよ。 
待っててね!」 


一旦事務所に戻り、しかるべき場所に電話をかける。 
助っ人はすぐにやってくることになった。 
またからすの元に戻ると。 

からすは私が開けてみせ、とりあえず一旦閉めた窓の桟に 
どうにか乗っかり、翼を広げて待っていた。 
そのままの体制で首を横にして私を見る。 

「おお、行ける?行ってみる??」 

ところで、その間私の後をずっとくっついてきた学生がいた。 
その子はとにかく、その場をひとりで通れないと言うのだ。 
しかしこの事態を見て、俄然張り切りだした。 

「窓を開けますか?ならば、私がガードします!!」 

からすと私の間にクリアファイルを差し出した。 
だいじょうぶよ、と思ったけれど 
彼女の助けは微笑ましく嬉しかった。 

がらがらと窓を開けた。 
すると、ぱさっと音を立てて 
からすはすぐ目の前の銀杏の木に止まった。 

「あーーー、よかったね。ありがとう。」 
学生にお礼を言うと 
「いえ!いいんです!よかったーよかったー!!」 
彼女はつぶやきながら、階段を下りていった。。 

いかに頭のいいからすとはいえ 
言葉が通じるとは思わずに話しかけたわけだけれど 
でも、これはきっと。。きっと。。 
いや、うん。 
通じたに違いない。すごいな、あのからす! 

その風貌だけでなく、頭が良すぎるところや 
物怖じしない(と思われる)性格などで 
人間に怖がられ、忌み嫌われることの多いからす。 

実は、私はそんなからす達と以前にも 
心のふれあいをしたことがある。


もう10年近くたつだろうか。 
ごく近所にある庭園へ散歩に行ったある日のこと。 

両親と私の3人は、木陰に腰を下ろし、ランチを開いた。 
ぽかぽかと暖かく明るい冬の日。 
野良猫がすぐ近くでのびをしている。 
「食べる?」 
私は猫にポテトを差し出したが、そっぽを向かれた。 
「あら。じゃ、きみ、食べる?」 
次に差し出したのがそう。からすの群れ。 

12,3羽はいただろうか。 
7メートルほど離れた場所で、からすは私の言葉を聞いた。 
ぽーーん、と私がポテトを投げるのと 
からすが ぱっ、と飛び立つのが同時。 
彼(彼女かな?)は空中で上手にポテトを受け止めた。 
「おおーーー!」 
どよめく両親と大喜びの私。 

「ほれっ」 
掛け声とともに再びからすの群れへポテトを放り込む。 
私が右手でポテトを投げると、左側にいるからすが一羽 
ぽっと飛び立って、空中でキャッチ。 
左手で投げると、右側の一羽が 
ぽっと飛び立って、空中でキャッチ。 
からす達はおなかが空いていたわけではなかった。 
ただ、そのおかしな人間(要するに私。) 
とのコミュニケーションを楽しんでいた。 
なぜって、彼らはポテトの奪い合いを全くせずに 
どうやって決めたの、というくらい仲良く一羽ずつ 
順番に“ぽっと飛び立って、空中でキャッチ”を 
やったのだから。 

私はもうただひたすら、ポテトを投げ続けた。 
そこにいるからす達、皆が“ぽっと”を終えた頃 
ちょうど私の手元のポテトが無くなった。 

「もう、ないよ。」 
そう言って空の袋を降って見せると 
「わかった。じゃあね。」 
と、言わんばかりにからすが一斉に飛び立った。 

からすって、素敵だ。 
飛び立つその姿を感動の面持ちで見送っていると。 

「すごいすごいーーー」 
拍手の音。 
いつの間にか、人だかりができていた。 

「すごかったね。キキみたいだった。」 
私の腕をぎゅっと抱いて、母が笑顔で言った。 

・・・・・ 

そんなわけで、私はからすに偏見がない。 
少なくとも、いろいろな人間がいるのと同じに 
いろいろなからすがいる、ということを知る機会には 
恵まれているようだ。